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『with…若き女性美術作家の生涯』の撮影地ネパールには、差別や貧困の問題が蔓延しています。
『with…』基金 設立の背景、ネパールの現状レポートです。

「貧困と児童労働とネパールの子どもたち」

文:山本 愛(with…基金事務局)

 ネパールの首都カトマンドゥ。ここ数年、中産階級向けの大型ショッピングセンターが次々と建設され、自家用車が増え、豪華な住宅も多く建設され、一見、ネパールは随分発展してきているように見えます。ですがその実態は…。

 20世紀から21世紀に移り変わる前後の十数年、ネパールの政治は激しく動きました。この国では約240年もの間、国王が実質的に統治していたのですが、マオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)による反政府武装闘争(人民戦争)、つまり内戦が起き、その終結と和平協定、王制の廃止、共和制への移行、新憲法制定の取り組みなど、国そのものの形が変わったのです。その一方で、都市と農村の教育・経済的な格差は依然として残り、都市部の人々の間でも格差が広がっています。
 そうした“貧富の差”が蔓延するネパールで、子どもたちはどんな状況に置かれているのか、このコーナーでご紹介し、『with…』基金の活動へのご理解を深めて頂ければと思います。


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1. 貧困と内戦が、子どもたちを傷つける

1. 貧困と内戦が、子どもたちを傷つける

 ネパールは伝統的に自給自足の農業を中心とした社会でした。家事労働は子どもも分担するのが当たり前で、学校に登校する前や放課後に、家畜の世話、食事、水汲み、子守りなど家の手伝いをする光景はどこででも見られます。また、伝統的職業をもつカーストは、幼い頃から親の仕事を手伝い、手に職をつけていきます。しかし、近代化とともに伝統的な自給自足の生活に変化が起き、工場などに出稼ぎに出される子どもたちが増えてきました。

 ネパールには「絶対貧困層」と呼ばれる、1日1ドル以下で生活する人々が31%もいます。更にそこには様々な格差や差別があります。それは「男女間の差別」、「カースト(差別的身分制度)による差別」「地域間の差別」(都市対農村、平野部対山間部)であり、貧困はこれら要因が絡み合って生み出されています。こうした差別問題を抜きにして、この国の貧困の解決はありえません。

 貧困や格差によって引き起こされる「児童労働」は、自宅での“手伝い”ではなく、子どもの基本的人権が脅かされるような労働や、子どもにふさわしくない環境で働かされていることを指します。例えば、不衛生な環境で低賃金と長時間労働や夜間労働を強いられ、大人による経済的搾取、教育機会のはく奪、両親との別離、虐待や精神的苦痛を伴うものなどです。

 1996年から10年間続いたマオイストによる人民戦争によって、インフラの破壊や地域開発の遅れ、人の分断が進み、子どもたちを取り巻く環境はいっそう厳しくなりました。2006年の停戦までに1万3千人以上が死亡、9000人以上が行方不明となり、子どもも1000人以上が死亡しました。また、各地の学校の生徒たちがマオイストに連行されて兵士にさせられ、戦争に加担させられる事態も続発していたのです。マオイストが実効支配していた農村部での暮らしが難しくなった人々は都市部に逃がれ、首都カトマンズなど都心のスラムは膨張しました。映画『with…』の舞台である、パタン市のスラム街にある福祉小学校も、内戦から脱出した避難民の子どもたちがを受け入れて、生徒数が2倍近くに膨れ上がりました。

2. 人身売買、児童買春が、子どもたちの人生を奪う

2. 人身売買、児童買春が、子どもたちの人生を奪う

 ネパールでは、人身売買が今も続いています。背景には、ひどい貧困や経済格差、女性差別、政治の腐敗などが関連し合っていて、その根を断ち切ることが出来ていません。今も、年間5000人以上の少女がインドなど周辺諸国へ売られており、児童買春の被害者も増える一方です。人身売買は性産業のみならず、家事使用人やレストラン、サーカスなどへも売られている実態が報告されています。また、カトマンズなどの都会で見かけるストリートチルドレンは、再利用できる鉄くずやプラスチックゴミなどの廃品回収をしたり、バスや乗り合い自動車の車掌、物乞いをするなどして日々を暮らしています。

 家計を助けるために自ら町に出る子、内戦の影響で村を離れざるを得なくなった子など、子どもたちの事情はさまざまですが、背景に貧困が影響していることは共通しています。路上で暮らす子どもは男の子が大半ですが、女の子は「見えない」場所、つまり家事使用人や工場の工員などとして働く場合が多くあります。しかし、この「見えない」場所というものが彼女たちの実態を覆い隠し、危険もはらんでいるのです。工場は人身売買の中継地の一つでもあるのです。

 人身売買は1996年以降、ネパール・インド国境での監視が強化され、国内での人身売買防止に関する啓発活動も盛んになってきました。そのため、現在はその手口が複雑化し、ブローカーは巧みに逃げ道を考え、結婚詐欺や、インドを中継して中東へ売るケースも後を絶ちません。

3. 貧しくて学校に通えない…

3. 貧しくて学校に通えない…

 ネパールの教育制度は日本とは違い、未だに小学校は義務教育ではありません。公立小学校は無償教育ですが、公立・私立間の教育の質の差が大きいため、裕福な家庭は、子どもを私立に通わせたがります。また、未だに男子優先の意識が根強いネパールでは、「息子は私立に通わせ、娘は公立に…」という家庭も少なくありません。小学一年生への入学率は高いものの、依然として退学率や留年率は高いままです。つまり「貧しさのために、学校に通えない」子どもたちが多くいることを示しています。

4. 子どもたちを支える

4. 子どもたちを支える

 1990年の民主化に伴って、ネパールは「子どもの権利条約」に批准しました。その後、政府やNGOによる児童労働の調査が進み、劣悪な実態が明るみに出てきました。
ですがこの問題は根が深く、今もネパール政府やさまざまな機関によって支援が行われています。しかし、ネパールの子どもたちは、日本に住む私たちが想像する以上にたくましく、政治・社会に対する意識が高く、活動的です。いつも開発援助の枠組みの中では「支援される側」に位置づけられがちな子どもたちですが、子どもたちなりの内なる力を認め、その活動の場を守り、彼らが自立できるよう、後ろから支えていくことが大切です。

『with…』基金は、こうした息の長い支援を続けるために、映画『with…』に感動された
全国の皆様のご協力を頂きながら、これからも運営していきます。

資料:ネパール概要

[面積]14.7万平方キロメートル(北海道の約1.8倍)
[人口] 2,589万人
[言語] ネパール語 (49%)、マイティリ語(12%)、ボジュプリ語(8%)他
[宗教] ヒンドゥー教徒 (81%)、仏教徒 (11%)、イスラム教徒(4%)他

[5歳未満児死亡率] 5.9% (日本0.4%) 
[成人の識字率] 49%
[1人あたりのGNI(国民総所得)] 290米ドル(日本は38,410米ドル)

(外務省ホームページ、日本ユニセフ協会発行「世界子供白書2008」、
“District profile of Nepal 2007/8” Intensive Study & Research Center から引用)

     著者プロフィール ◎ 山本 愛(やまもと あい)

     商社勤務の後、1999年ネパール・トリブバン大学大学院の人類学・社会学研究科に所属しながら現地NGOでのボランティア活動を行う。
     2000年より6年間大阪の国際協力NGO専従職員として、主にネパールの被差別カーストの女性NGOとの連帯活動を担当。
     その後ネパールの日本大使館勤務を経て、現在は関西を拠点にネパール語司法通訳、在日外国人支援活動やネパールのマイノリティ女性との
     交流活動に取り組んでいる。